前回は天皇賞秋の「舞台設定」について検証した。
その過程で東京芝2000Mで行われる「最強馬決定戦」では多少の「枠順の明暗」があるものの、本格派のコースであるため、「真の実力が問われるレース」になることが分かった。
また、「競走馬の脚は消耗品」であるため、キャリアを積み過ぎた馬が凡走する傾向にあることも証明した。
今回は天皇賞秋の歴史を振り返り、連覇の難しさについて紐解いていくことにしよう。
実質“連覇ゼロ”という超難関レース
1984年以降に距離が2000Mに変更となり、現在の形態になって以降、天皇賞秋を連覇した馬はシンボリクリスエスしかいない。
しかし、そのシンボリクリスエスが3歳時に制した天皇賞秋は、東京競馬場改修のため中山競馬場で行われていた。
つまり、東京競馬場で行われた天皇賞秋を連覇した馬は、いまだかつてただの1頭もいない。
過去10年だけ振り返っても、名だたる名馬が連覇に挑んできたが、高い壁に跳ね返されてきた。
ゼンノロブロイ
2004年 1着(1番人気)
2005年 2着(1番人気)
ダイワメジャー
2006年 1着(4番人気)
2007年 9着(3番人気)
ウオッカ
2008年 1着(1番人気)
2009年 3着(1番人気)
ブエナビスタ
2010年 1着(1番人気)
2011年 4着(1番人気)
トーセンジョーダン
2011年 1着(7番人気)
2012年 13着(7番人気)
ご覧のとおり、連覇に挑んだのは歴史に名を残す名馬ばかりだ。しかし、彼らは連覇を成し遂げることができなかった。
さらに、エイシンフラッシュ以外の馬にも当てはまってくるが、過去9年(10年前の前年=11年前は中山開催のため除く)、天皇賞秋で好走した馬はほとんどが「初挑戦」の馬であり、前年や前前年に天皇賞秋に出走した馬で「馬券圏内に入るかつ前年より順位を上げた馬」は、ダイワメジャーとカンパニー、そしてエイシンフラッシュしかいない。
「エイシンフラッシュ自身が、悪いデータを打ち破っているではないか!」というツッコミを受けそうだが、昨年はかなり条件が向いていた。
血統的に申し分なかったことに加えて、スローペース(※シルポート1頭が飛ばしたが、2番手以降は実質スローだった)の切れ味勝負という展開になった。ダービーで究極の瞬発力勝負を制しているエイシンフラッシュにとっては最高の展開だったのだ。しかもミルコ・デムーロ騎手は他馬が外を回す中、距離ロスのない最内をつく好騎乗でパートナーに勝利をもたらした。
今年はシルポートより数段強いトウケイヘイローが出走するため、ペースは緩まないだろうし、昨年以上に条件が向くとは考えづらい。
以上のように、エイシンフラッシュが連覇を成し遂げることは、天皇賞の歴史を紐解けば、「困難」だと言わざるを得ない。3番人気以内に支持されることは確実だが、少なくとも単勝馬券は紙くずになる可能性が非常に高い。
では、どんな馬が天皇賞秋で好走できるのか? 次回からは天皇賞秋で重要になってくる要素を紐解いていこう。
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では、詳細は今夜の検証で。乞うご期待!