9月15日、日本競馬界の歴史が一つ動いた。欧州2400m路線の総決算、凱旋門賞へ向けた前哨戦でキズナとオルフェーヴルが勝利を収めたのだ。
キズナは3歳限定のニエル賞を、オルフェーヴルは古馬によるフォワ賞をそれぞれ制し、本番へ向けて大きく前進した。
もっとも、私も含めて多くのメディアは「凱旋門賞制覇へ前進」と報じたが、果たして本当にそうなのだろうか? という純粋な疑問が湧いてきた。
例えば日本でも、前哨戦での勝利が本番に直結しないレースがいくつもあるだろう。(3歳限定戦という違いはあるが)ダービーと同じ距離、同じコースで行われるダービートライアルの青葉賞からは、1頭もダービー馬が誕生していない。明日行われる菊花賞トライアルのセントライト記念も、菊花賞につながらないことで有名だ。古馬路線で行けば、事実上の天皇賞秋トライアルである毎日王冠の勝ち馬が天皇賞秋馬になった例は過去15年で2頭しかいない。
たとえ「前哨戦」と位置づけられていても、必ず本番に直結するわけではない。そして、残念ながら、これはニエル賞とフォワ賞にも当てはまる。以下は、過去5年の両重賞勝ち馬の凱旋門賞での成績だ。
【ニエル賞】
2012年 サオノワ→15着
2011年 リライアブルマン→15着
2010年 ベカバッド→4着
2009年 キャバルリーマン→3着
2008年 ヴィジョンデタ→5着
【フォワ賞】
2012年 オルフェーヴル→2着
2011年 サラフィナ→7着
2010年 ダンカン→15着
2009年 スパニッシュムーン→未出走
2008年 ザンベジサン→15着
ご覧のとおり、過去5年で凱旋門賞を制した馬は皆無。オルフェーヴルの2着が最も凱旋門賞制覇に近づいた順位だが、いずれにしても勝ち馬が出ていないことは事実だ。
なぜニエル賞とフォワ賞は凱旋門賞に直結しないのか?
では、なぜニエル賞とフォワ賞は凱旋門賞が行われるロンシャン芝2400mで行われるにもかかわらず、本番に直結しないのだろうか? メンバーがそろわず、レベルが低い、といった側面ももちろんあるが、最大の理由……
「本番に直結しないレース展開」
これに尽きる。前哨戦では少頭数になりやすく、本番のような多頭数の競馬を経験できない。そして少頭数になれば自ずとペースはスローになり、上がりだけの勝負になりやすい。
昨年のようによほど馬場が悪化しない限り、凱旋門賞は2分20秒台の後半で決着するケースが多い。一方、トライアルはスローペースになることから、2分30秒台での決着も目につく。(今年も含めると過去5年でニエル賞は5回、フォワ賞は4回、2分30秒台決着。)つまり、本番とは全く違うペースでレースが行われている、ということになる。
当然のことながら、本番と全く異なるペースで勝っても、それが本番につながるとは限らない。むしろ、2分30秒台で決着するレース(=上がりの競馬)に高い適性を見せたということは、違ったレース展開(緩みのないペース)へ適応できない可能性を示唆していることになる。
このレース展開の違いが、「前哨戦の落とし穴」であり、最大のトラップだ。
それでもキズナとオルフェーヴルが推せる理由
もっとも、そんな中でも私はキズナとオルフェーヴルに期待したい。
まずはキズナに関して。既に多くのところで語られているが、今回のキズナには多くの不安要素が存在した。
・初の海外遠征
・ロンシャンの馬場に合うのかどうか
・初の58キロ
・日本ダービー以来の実戦(休み明け)
などなど。しかし、この不安は杞憂に終わった。すべての不安を吹き飛ばして、英国ダービー馬のルーラーオブザワールドを筆頭に、強豪馬をねじ伏せてみせた。
陣営やジョッキーの発言をうのみにするのは愚かなことだが、仕上げの具合は「85%」。その上であのパフォーマンスだったのだから夢は広がる。
何よりロンシャンの重い馬場でも一定以上のパフォーマンスを示せることができると証明したことが大きい。なぜなら、本番で重い馬場なら、少なくとも今回同様の走りができることは分かった。そして仮に、軽い馬場になったとしても、日本の馬場であれだけ走れる馬なのだから、悪条件となるはずがない。
つまり、キズナは自身がいかに高いポテンシャルを持っているかを証明したのだ。
しかもキズナは「スローの差し馬」というよりも、ある程度ペースが流れたほうが良いタイプ。今回でスローの差しでも対応できることが証明され、仮に本番でペースが流れたとしても、むしろキズナにとっては好条件なはずだ。
オルフェーヴルにもキズナと同様のことが言える。そしてオルフェーヴルに関しては自分の力を出せればいつもで凱旋門賞を勝てるクラスの馬だ。昨年も初の海外遠征ながら「あわや」の場面を作った。今回はさらに鮮烈な走りを示して我々に希望を持たせてくれている。
オルフェーヴルの場合は万全の状態で本番に臨めるかというのが最大の焦点であるだけに、フォワ賞で順調さを確認できたことが何よりの収穫だった。
キズナとオルフェーヴル、2頭のダービー馬、2頭の日本馬には大きな期待を寄せることができる。前哨戦で勝った時点で歴史的快挙と言えるだろう。しかし、この先にはより大きな成果が、歴史的瞬間が待っている。
10月第1週の日曜日、ロンシャン競馬場。日本競馬の歴史が変わるところを、ぜひ見たい。そしてその歴史的瞬間は間近に迫っている。そう確信させてくれるほど、キズナとオルフェーヴルは強い。本番が、本当に楽しみだ。
さて、今週はオールカマーが開催される。現時点での「注目馬」を記しておこう。